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市村修《アルプハーラの教会》

¥150,000 税込

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市村修氏は、岩手県出身の画家で、たびたびスペインを訪れて、長期間滞在し、絵を描き続けた画家。カビレイラ村という白と青を基調とした村では、かなり長い期間その村に住み続けながら描いていたという。氏の絵にほれ込んだ現地のコレクターや、通りがかりに出会った日本人の旅行者との交流などが断片的に記録されている。本作は、「現代画廊」経由でコレクター・近代美術史研究家の後藤洋明氏の手を経て「由布院空想の森美術館(1986-2001)」に収まりさらにそれから宮崎・友愛の森空想ギャラリーへと旅をしてきた、大切な作品のひとつでもある。

<ジャンル>絵画
<技法・材質>油彩・キャンバス
<作品寸法(cm)>32.0 × 41.0
<所属>後藤洋明コレクション
*備考
・画面に亀裂があります。 
・送料は別途(地域別)計算となります。

【絵を「観る」一日】
――空想の森のアート&エッセイ(1)/高見乾司――
満開の桜の花の下で寝転ぶ。遅咲きの山桜の花が散り始め、染井吉野が開花期を迎えたのだ。
ほのかな草の香に花の香りが混じっている。背中を伝わってくるのは、春の大地の暖かさだ。
降り注いでくる花びらが、その下に埋まっている死体を装飾(梶井基次郎の言葉)しているとも西行法師が夢想したようにこの花の下で死にたいとも思わないが、桜の花は明朗な幻想の世界に誘う魔力を秘めているようだ。
開花前の、蕾を一杯に付けた枝を一枝いただき、絹布を染めると花びらと同色に染まり、定着する。ふわりとその布を身に纏ったような感触を残して、古い教会を改装したギャラリーへ行く。そして、展示されている絵を、一枚一枚、見る。絵を見るという行為は、その絵に描かれている何事かを感受し、作者の心意に触れ、さらにそこから芸術という秘儀(あるいは神秘世界)へと踏み込む一歩なのだ。
私たちの世代の画家たちが共感し、強く影響を受けた洲之内徹(1913 - 1987)氏の美術随想「気まぐれ美術館」は、そのような絵画と鑑賞者と、さらには所蔵者と作者との複雑玄妙なる関係を開陳し、一枚の絵が持つ神秘世界へと導入してくれた名随筆だったが、洲之内さん自身が、「絵を観る」ことの達人であった。

洲之内氏が経営する「現代画廊」に持ち込まれた若い画家の作品や、旅先で出会った一点、夭折の画家の作品などを前にしたとき、洲之内さんは、じっと長い時間をかけてその作品を見つめ続けた。具体的にいうと、一本の煙草に火をつけ、吸い終えるまでの時間、無言で彼は一点の作品と対峙した。私も何度かその場面に遭遇したが、それは息詰まるほどの緊迫した時間であった。洲之内さんは、自身が体験した中国大陸での軍の諜報機関員としての戦争体験、その因縁となった青年期の左翼活動による検挙、偽装転向などを背に負い、その葛藤と、一枚の絵による救いとを合わせ鏡とし、さらに画家の人生そのものや作画の動機などを見つめたのである。そして、見終えると、ふうっ、と大きく息を吐いた。そのあと、言葉が紡ぎ出された。それが「気まぐれ美術館」という純化された文学作品として結晶されたのである。

このたび、「空想の森アートコレクティブ」というプロジェクトを立ち上げ、古い所蔵作品や交流を続けてきた画廊主からの提供作品などを展示し、「観て」いると、さまざまな感慨が去来する。それもまた絵を観ることの楽しみとして、この企画を続けてみよう。

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