金子善明 《田園》
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この絵を、冬から春へ向かう森に置くと、そのあたたかさや穏やかな風情が心に沁みてくる。金子善明さんは、湯布院町湯平出身の画家。2022年に70余年の幕を降ろした湯平の名産みやげ屋、金子商店の長男として生まれ、抽象画入門の本の執筆をはじめ、武蔵野美術大学での講師、パリへの渡仏・留学経験など、人生をかけて精力的に芸術と向き合い作品を残してきた人物である。
石畳の道の両脇に温泉旅館が立ち並ぶ「昭和の温泉町・湯平(ゆのひら)」。故郷としての湯平と作家の結びつきを見つめると、湯平という独特の空間性、匂い・温度・湿度、五感で染み付いている何かが漂ってくる。といっても、画風は田舎じみてはおらず、ヨーロッパ遊学の体験と日本の古美術・古民藝を愛する美的センスが基軸にあった。2023年、惜しくも他界。
<ジャンル>絵画
<技法:材質>油彩/キャンバス
<作品寸法(cm) 27.3×22.0
<所属:空想の森美術館コレクション>
【眼の先達】
――空想の森のアート&エッセイ(6)/高見乾司――
金子善明氏は、湯布院町湯平出身の画家で、私より一歳年上の先輩。由布院で仕事をするようになって知遇を得たのだが、古美術の世界にも造詣が深く、「眼の先達」としてつねに私の一歩前を歩き続けた方である。由布院の駅前通りから西へ入った路地のような商店街「花の木通り」の三坪ほどの店が、私が古道具・古民藝の商いを始めた出発点だが、ある日、近在の古美術商が集まる市場(オークション)で競り落とした一箱の古着を店に持ち帰ったところ、そこに丁度、金子さんが通りがかった。箱を開く私の手元を覗き込んだ金子さんは、
――おっ、これは素晴らしい!!
と感嘆の声を上げ、
――その布を一枚、僕に譲って下さい。
早速、交渉してきたのである。田舎の老人夫婦が出品し、買い手もつかなかったので、実際は競り合うほどのこともなく落札した箱の中には、手紬ぎ・手織りの縞木綿、古絣や丹波布など、古裂(こぎれ)の優品がぎっしりと詰まっていたのだ。金子さんの眼も早かったが、私はこれで自信を深め、以後の仕入れの基準となった。「眼筋が合う」というのはこのようなことだ。私も金子さんも、その時は古物商でもコレクターでもなく一人の鑑賞者として、古布を一点のすぐれたアートと捉え、その美を感受したのだ。昔、諸国を巡る求道の旅をした修行者や画人なども、おそらくはこの時の二人のような眼光を発していたのではなかったろうか。古裂やパッチワークなどのブームが来る前のことであった。
その後、私は由布院空想の森美術館を開館し、湯布院町全体で企画を行う「アートフェスティバルゆふいん」や金子さんの生まれた里である同町・湯平温泉の石畳が続く温泉街を使った「湯布院と山頭火」展などを続けざまに開催し、そのつど、出品や参加をお願いして、大変お世話になったのである。以後、奈良、大阪、東京等で行なった企画でお会いする機会があった。出会った初期の頃
――僕のいとこにサカタという骨董商がいる。貴男の眼筋に近い集め方をする男だから、会えば話がはずむでしょう。機会があったら紹介しておきましょう。
と言って下さったが、坂田さんとお会いする機会は実現しなかった。その坂田さんは、後にそのコレクションを慕って集まる数寄者たちから「坂田教の教祖」と呼ばれるほどの凄腕の古美術商となり、一時代を牽引した。数年前には、渋谷の松濤美術館で坂田さんの蒐集品と見立てによる企画展が開催された。
私はその展覧会を表敬訪問を兼ねて観に行ったが、坂田さんとは擦れ違いで会えなかった。そして、二人の歩いた道筋は少し違っていたのかな、という感想を持った。私は「仮面」と「神楽」に出会い、その調査・研究を兼ねた収集活動と、神楽を伝える村などへと波及してゆく「地域美術展」の企画と実施という方向へ進んだ。そのころ、私は坂田さんの活動が、「骨董」が特定のジャンルの人たちの手から離れて「日本美」という大きな枠の中で把握され、現代美術との合流を果たせないものかと思っていた。松濤での展示はその方向を示唆するものであった。「もの」が違い、居た場所が違い、出会った人々が違えば、各々が異なる道を歩むことはごく自然の成り行きというものだが、そこでもう一つ確認できたことがある。そこで確認できたことは、金子さんの眼の水準は、すなわち古美術・坂田級だったということであった。早春の光が降りそそぐ森の一角にこの絵を置いて眺めながら、私は、過ぎ去った時間を惜しんでいる。
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